カンディード 他五篇 (岩波文庫) [文庫] ヴォルテール (著), 植田 祐次 (翻訳)

ミクロメガス 哲学的物語
この世は成り行き任せ バブーク自ら記した幻覚
ザディーグまたは運命 東洋の物語
メムノン または人間の知恵
スカルマンタドの旅物語 彼自身による手稿
カンディードまたは最善説

イチュリエルは、終わりまで聞かなくてもその意味を悟った。彼はペルセポリスの欠点を正すことなど一顧だにせず、この世を成り行きに任せよう、と決めた。
「なんとなれば」と、彼は言った。「すべて善ではないにしても、すべてはまずまずだからだ」
『この世は成り行きまかせ』

「悪人はつねに不幸なのだ」と、ジェスラードは答えた。「彼らは、地上に散在する少数の正義の人に試練を与えるのに役立っている。善を生まない悪はない」
『ザディーグ』

パングロス形而上学的=神学的=宇宙論的暗愚学を教えていた。原因のない結果はなく、またおよそあらゆる世界の中で最善のこの世界において、男爵閣下の城館は世の城館の中でもっとも美しく、夫人はおよそあらゆる男爵夫人の中でだれよりも立派である、彼はそんなことを見事に証明してみせるのだった。
「事態が現にあるよりほかの仕方ではありえないということは、とうの昔に証明ずみである」と、彼は言った。「なんとなれば、すべては一つの目的のために作られている以上、必然的に最善の目的のためにあるのだからだ。よいかな、鼻は眼鏡をかけるために作られている。それゆえ、われわれには眼鏡がある。脚は明らかになにかを穿く目的で作り出された。それゆえ、われわれには半ズボンがある。石は切断され、城を建てるために形成された。それゆえ、閣下はたいそう美しい城館をお持ちなのだ。この地方でもっとも偉大な男爵さまがだれよりも立派な城館にお住みになるのは、けだし当然ではないか。それにまた、豚は食べられるために作られているからこそ、われわれは年中、豚肉を食べておる。したがって、すべては善であると主張した者たちは愚かなことを言ったものだ。すべては最善の状態にあると言うべきであった」
カンディード

パングロスのこの理論は明らかに詭弁である。しかし、彼がカンディードや自身のみまわれた不幸な出来事を、その都度「それでも最善の結果であった」と証明するのは痛ましく滑稽でありながら、そこに一抹の真実が含まれているような気になってくる。

「それで、パングロス先生」と、カンディードは言った。「絞首刑にされ、解剖され、めった打ちにされ、そのうえ漕役刑でガレー船を漕いでいたときにも、相変わらずあなたは万事このうえなく順調だとお考えでしたか」
「わしの見解は、はじめからつねに同じだ」と、パングロスは答えた。「なんとなれば、要するにわしは哲学者であるからな。わしは前言をひるがえしてはならない。と言うのも、ライプニツが過ちを犯すことはありえないばかりか、しかも予定調和はこの世でもっともすばらしいものであり、充満と微細物質と同様に善であるからだ」

ここまで来ると、あっぱれという他はない。

最後の場面でさまざまな体験をした登場人物一同は、共同で農地を手に入れて耕す生活に落ち着く。

「ぼくはまた、ぼくたちの庭を耕さなければならないことも知っています」と、カンディードは言った。
「いかにもそのとおり」と、パングロスは言った。「なんとなれば、人間がエデンの園におかれたのは、ウト・オペラトゥル・エウム、すなわち働くためであったのだからな。このことこそ、人間が休息のために生まれたのではないことをいみじくも証明しているではないか」
「理屈をこねずに働こう」と、マルチンが言った。「人生を耐えられるものにする手立ては、これしかありません」